西神戸支部 湖山 達哉さん(弁護士法人イーグル法律事務所 代表弁護士)
ロック社長:社内で部下から「パワハラ」の訴えが出ましたが、正直、何がパワハラに当たるのかよく分かりません。私は叱るときは厳しく言う方ですが、それもパワハラになるんでしょうか?そもそもパワハラってどういうものなんですか?
イーグル弁護士:パワハラ(パワーハラスメント)は、簡単に言えば「職場での優位性を背景に行われる言動で、業務上の必要範囲を超えて相手の就業環境を害するもの」です。法律上も労働施策総合推進法で定義されていて、3つの要素をすべて満たす場合にパワハラとされます。その要素とは、①職場での優越的な関係に基づく言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、③労働者の就業環境が害されることです。例えば上司が部下に対して暴言を浴びせ続けたり、必要以上に過大なノルマを課したりするようなケースですね。
ロック社長:叱責は全部ダメということではないんですね?
イーグル弁護士:おっしゃるとおりです。「業務上適正な範囲の指導」であればパワハラに該当しません。ですから社員のミスを注意したり指導したりすること自体は必要な業務ですし問題ありません。しかし、そのやり方が行き過ぎて人格を否定するような暴言になったり、他の社員の前で過度に恥をかかせるような場合は、行き過ぎだと判断されるおそれがあります。実際どこまでが適正かの線引きは難しく、上司の指導がパワハラになるかどうかはケースによります。
裁判でも、「業績不正を正すための厳しい叱責は正当な業務範囲」と認められた例(前田道路事件)や、「医療現場でミスを減らす目的の厳しい指導は違法ではない」と判断された例(医療法人財団健和会事件)があります。これらは上司の注意・指導が業務上必要かつ手段も相当だったから違法ではないとされたのです。しかし逆に、表現が侮辱的で部下の尊厳を傷つけた指導はパワハラと認定され、慰謝料の支払い命令が出た例もあります。ですから、業務上必要でも、言い方や方法に注意が必要ということですね。
ロック社長:なるほど…セクハラやマタハラという言葉も聞きますが、それらもパワハラとは違う種類ですよね?
イーグル弁護士:はい、ハラスメントにはいくつか種類があります。セクシュアルハラスメント(セクハラ)は「職場で行われる労働者の意に反する性的な言動により、労働者が不利益を受けたり就業環境が害されること」を指します。例えば職場で性的な冗談を執拗に言ったり、身体に不必要に触れる行為などが該当します。また、マタニティハラスメント(マタハラ)は、女性社員が妊娠・出産したこと、あるいは男女問わず育児休業や介護休業を取得したことに関連して、上司や同僚から嫌がらせや不利益な言動を受けることです。これも深刻な問題で、近年特に注目されています。例えば女性社員が妊娠を上司に報告した途端に仕事を外されたり、降格されたりするのはマタハラですね。こうした行為は男女雇用機会均等法などで厳しく禁止されています。
実際に2014年には、妊娠を機に配置転換後に降格された女性が訴えた事件で、最高裁判所は、「女性が妊娠して軽い業務に転換したことを理由に降格するのは原則として違法」であると明確に述べています(広島中央保健生協事件)。この判決以降、企業もマタハラ防止に本腰を入れるようになってきました。
ロック社長:そうなんですね…。セクハラやマタハラも含め、結局ハラスメントは職場の風土を悪くして生産性を下げるでしょうし、放置できないですね。分かりました。では次に、会社として何をしなければならないのか、法律上の義務や責任について教えてください。
ロック社長:ハラスメントが起きた場合、会社にはどんな法的責任が発生するんでしょうか? 例えば社員同士の問題だとしても、会社も責任を問われるんですか?
イーグル弁護士:はい、会社にも責任が及ぶ可能性があります。日本の法律では、会社(使用者)は従業員に安全配慮義務を負っています。これは労働契約法5条で定められていて、従業員が安全で健康に働ける職場環境を整える義務のことです。もし社内でパワハラなどのハラスメントが発生して従業員の心身に害を及ぼしたのに、会社が適切な防止措置や対処を怠った場合、それは安全配慮義務違反として会社が損害賠償責任を負う可能性があります。実際、ハラスメントが原因でうつ病になったり自殺に追い込まれたりしたケースでは、会社の責任が厳しく問われています。
また、日本の民法には使用者責任(民法715条)という規定もあります。これは、社員が仕事に関連して誰かに損害を与えた場合、その社員だけでなく会社も連帯して賠償責任を負うというものです。ハラスメントの場合、ハラスメント行為をしたのが会社の従業員であれば、被害者は会社に対しても損害賠償を請求できます。つまり「社員の不法行為に会社も責任を負う」という仕組みです。実際の裁判でも、ハラスメント加害者本人だけでなく会社の責任が認められて賠償を命じられる例が増えています。
ロック社長:会社として賠償を払わされることもあるんですね…。だいたいどれくらいの賠償額になるんでしょうか?
イーグル弁護士:ケースによりますが、深刻な事例では高額になります。例えばメイコウアドヴァンス事件という有名な裁判例があります。この事件では、金属加工会社の社員が上司から日常的に暴言・暴行や退職強要を受け、それが原因で自殺に至ってしまいました。裁判所は上司の行為と自殺との因果関係を認め、会社と上司に対して合計約5,400万円もの損害賠償を命じました。5,400万円というのは遺族への慰謝料や逸失利益などを含む額ですが、中小企業にとっては経営を揺るがしかねない金額ですよね。
ロック社長:「5,400万円」ですか… !それは衝撃的ですね。そんな大きなリスクがあるとは…。
イーグル弁護士:電通の事件もご存じかもしれません。大手広告会社の電通で新入社員の方が過労自殺した事件では、労働基準法違反(違法な長時間労働)で電通自体が刑事責任を問われ、罰金50万円の有罪判決を受けました。罰金額は50万円と一見小さいですが、電通はこの事件で社会的信用を大きく失い、当時厚労省から指名停止処分(一定期間、国の仕事を受注できなくなる処分)も受けています。さらには遺族との和解金や再発防止策のコスト、人材流出など目に見えない損失も莫大でしょう。
中小企業であっても、ハラスメントが原因で訴訟になれば多額の賠償金や和解金を支払うリスクがありますし、何より社内の士気低下や人材流出、取引先からの信用失墜といった経営リスクが極めて高いです。社長自身も使用者責任を問われたり、最悪の場合経営責任を追及される可能性もあります。ですから「ハラスメントを放置することは会社存続に関わる重大リスクだ」と認識していただきたいと思います。
ロック社長:思った以上に深刻ですね…。法律も最近厳しくなっているんでしょうか?中小企業にも何か義務があると聞いた気がしますが。
イーグル弁護士:そのとおりです。2019年に法律が改正されて、職場のパワハラ防止措置をとることが全ての事業主の義務になりました。大企業では2020年6月から、中小企業でも2022年4月1日から義務が本格施行されています。それ以前は中小企業は「努力義務」だったんですが、今は法律で明確に義務付けられました。ですので御社のような従業員30人規模の会社でも、パワハラを防止するための措置を講じなければなりません。具体的に何をすべきかは次の章で詳しくお話ししますが、法律で定められた義務ですので怠れば行政指導の対象にもなりえますし、万一問題が起きたとき「義務を果たしていなかった」となれば会社の責任が一層重く評価されるでしょう。
ロック社長:ハラスメント防止措置が義務といっても、具体的には何をすれば良いのでしょう? うちは総務も私と事務員くらいで、小さい会社なので大げさな体制は難しい気もしますが…。
イーグル弁護士:中小企業でも実践できる範囲で構いませんが、最低限以下のような社内体制の整備が必要です。法律や行政の指針でも求められている事項ですので、順に説明しますね。
以上が主な実務対応策です。ポイントは、事前に防止策を整えておくことと、万一発生したとき迅速に適切な対処をすることです。この一連の体制整備は法律上も求められていますし、何より従業員が安心して働ける職場づくりに欠かせません。小さい会社ですと「大げさだ」「うちは家庭的だから大丈夫」と思われるかもしれませんが、むしろ少人数だからこそ一人ひとりの人間関係が重要です。万一社長ご自身が加害者とされてしまったら、社内に相談先がない…ということになってはいけませんから、外部相談窓口の活用も含めてしっかり体制を作りましょう。
社長:具体的によく分かりました。確かに、小さい会社でも最低限のルール作りと窓口ぐらいは必要ですね。今まで就業規則も形式だけで運用してこなかったので、これを機に見直します。
ロック社長:先ほどメイコウアドヴァンス事件や電通の話が出ましたが、他にも実際にどんな裁判例があるのか知りたいです。特に中小企業でどんな問題が起きているのか…裁判になった例を教えてもらえますか?
イーグル弁護士:では、いくつか代表的な裁判例をご紹介しましょう。まず、中小企業で起きがちなパワハラ裁判の例です。
勧告を受けている会社もあります。「うちは人数が少ないから目が届く」と思われるかもしれませんが、逆に少人数ゆえに一人あたりの負荷が高くなりがちだったり、業務と私情の境目が曖昧でパワハラが発生しやすい土壌もあります。電通事件は他人事ではなく、「働かせすぎ」「叱責しすぎ」の危険性を如実に示した教訓です。万一死亡事故に至れば、刑事責任まで問われ会社存亡の危機になると肝に銘じましょう。
ロック社長:どれも恐ろしい話ですね…。逆に、会社側が訴えられたけど勝った事例もあるんですか?それがあるなら、どういう点に気をつければ会社を守れるのか参考にしたいですが…。
イーグル弁護士:ありますよ。先ほど少し触れましたが、上司の厳しい叱責があったものの、それが業務上必要かつ相当な範囲内だと認められて違法とはされなかった裁判例もあります。
前田道路事件では、不正経理を放置した営業所長に対し上司が「辞めても楽にならないぞ」などと強い口調で叱責しましたが、裁判所は「不正を正すための指導として社会通念上許容範囲内」と判断しました。また医療法人健和会事件では、新人職員のミスを減らすため上司が繰り返し厳しい指導をしましたが、「医療現場でミス防止の指導として当然の範囲内」とされました。
これらに共通するのは、指導に業務上の必要性があり、手段も妥当だったという点です。つまり「相手の人格を否定せず、目的が業務上正当で、やり方が行き過ぎない指導」であれば訴訟になっても会社側が勝てる可能性があるということですね。もっとも逆に言えば、ちょっとでも行き過ぎれば違法と判断されるリスクがあるとも言えます。実際「あなたには価値がない」など人格を否定するメールを部下全員に送信した上司に慰謝料命令が出た例もあります。勝った事例から学ぶのは「指導の必要性と方法の適正さ」を常に考えることですが、それでも受け手がどう感じるかという主観的な側面もあるので、難しいところです。会社としては、そもそも訴訟沙汰にならないよう未然防止と適切な社内対応に努めることが肝心でしょう。
ロック社長:色々と具体例まで教えていただき、本当に勉強になりました…。正直、ここまでリスクが高いとは思っていませんでした。最後に、経営者として今すぐ取り組むべきことを整理してもらえますか?
イーグル弁護士:承知しました。まず何よりも「ハラスメントは自社でも起こりうる」という前提に立ってください。中小企業だから安全、社員同士仲が良いから大丈夫、という油断が一番危険です。どんな職場にも人間関係の問題は起こりえますし、むしろ小規模な組織では一人ひとりの影響が大きい分、ハラスメントの被害が深刻化しやすい面もあります。
その上で、以下のポイントに着手しましょう。
最後に強調したいのは、「ハラスメント対応は待ったなし」ということです。2022年4月から中小企業でもパワハラ防止措置が義務化されている以上、対応を先送りするのは法律違反の状態を放置するに等しいです。もし今何も手を打たずにいて、明日パワハラ事件が発生し訴訟になれば、御社は極めて不利な立場に立たされるでしょう。裁判になれば「なぜ予防策を講じなかったのか」「なぜ放置したのか」と追及されますし、今回ご説明したような高額賠償や社会的信用の失墜で取り返しがつかなくなります。
ロック社長:本当に「待ったなし」ですね…。早速、先生にも協力いただきながら就業規則の整備や社員教育に着手します。社員が安心して働ける職場にしないといけませんね。
イーグル弁護士:その意識を持っていただけて何よりです。社員の安心と信頼があってこそ会社は健全に成長します。ハラスメントのない職場作りはリスク管理であると同時に、生産性向上にもつながります。ぜひ迅速に取り組んでいきましょう。私も全面的にサポートいたします。
弁護士法人イーグル法律事務所
代表弁護士 湖山 達哉
兵庫県を拠点に中小企業法務を中心として幅広い分野に従事。経営者の伴走者として、契約書・労務トラブル・企業防衛の観点から実務に役立つリーガルサービスを提供している。また、相続、離婚、交通事故、不動産トラブルなどの民事事件も多数取り扱っている。
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