まつりか社会保険労務士事務所 稲葉亜由実

「どうすれば、部下のモチベーションは上がるのか……」
経営者やリーダーなら、一度ならずとも頭を抱える悩みではないでしょうか。
2025年最低賃金は過去最大級の引き上げ幅(全国平均66円)となり、フルタイムなら月額約10,000円、あの「うまい棒」なら1,000本分もの負担増となる今、私たち経営側のプレッシャーは増すばかりです。
「これだけ給与を上げるのだから、もっと成長してほしい。10,000円分、意識を変えてほしい」そう願うのは、原資を確保し、会社を存続させようとする経営者として至極当然の思いです。しかし、ここで一つの「問い」に向き合わなければなりません。
イギリスのことわざに、「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という言葉があります。アドラー心理学の名著『嫌われる勇気』でも引用された、あまりにも有名な真理です。
同じ福利厚生を導入しても、喜ぶ社員がいれば不満を口にする社員もいます。人数が増えるほど、年齢・性別・国籍・価値観が多様化し、「全員が喜ぶ満場一致の答え」などというものは存在しません。「部下のモチベーションを上げるにはどうしたらいいか?」という問いに対して、「これが正解」と言い切れる答えを私は持っていません。そもそも、当の本人にも分かっていないことがほとんどです。
では、経営者や上司にできることは何もないのでしょうか。そんなことはありません。
経営者の仕事は「コントロール」ではなく「水質改善」。
馬が思わず飲みたくなるような、清らかで澄んだ水を準備し続ける。濁った水では、どんなに喉が渇いていても飲む気は起きません。もし私が部下なら、水よりビールの方が諸手を挙げて飲むかもしれませんが。
「部下のモチベーション」という自分では変えられないものに目を向けて行き詰まるのではなく、「モチベーションが上がるような環境(水質)」をひたすら磨き続ける。それが、リーダーとして取り組むべき唯一の道ではないでしょうか。
やっかいなことは、大きな水槽にはいっている透明の水に、たった一滴の墨汁が落ちるだけで、水質全部が濁ってしまうこと。賃金も労働時間も、他然り、バランスよく水質改善をし続ける必要があるのです。
水質の改善の例です。
労務環境の「水質改善」ベーシック10選(賃金・労働時間・環境編)
サービス残業や曖昧な固定残業代を排し、働いた分を正しく支払う。これは信頼関係における「毒」を混ぜないための絶対条件です。
最低賃金ギリギリではなく、物価高を考慮した余裕のある賃金設定を目指す。生活への不安を取り除くことが、仕事への集中力を生みます。
電話番や接客待機をさせず、職務から完全に解放される時間を確保する。この「オンオフの切替」が午後の生産性を左右します。
「休むのは悪」という空気を一掃し、計画的に休める体制を整える。私生活の充実は、仕事に向かうエネルギー(水の吸収力)を高めます。
誰がどれだけ働いているかを透明にする。頑張りすぎている人を早期に発見し、心身の健康を守るための「濾過装置」として機能させます。
「どうすれば給料が上がるか」の物差しを示す。将来の予測ができる安心感が、長く働き続けたいという意欲に直結します。
診断を受けさせて終わりにせず、再検査の推奨や残業制限を行う。「会社はあなたの体を大切にしている」という姿勢を仕組みで示します。
ルールをいつでも誰でも見られる状態にする。困ったときに立ち返る場所があることが、組織の「安心感」という水質を作ります。
万が一「濁った水(トラブル)」が発生した際の避難所を明確にする。相談しても不利益を被らない安全性を保証します。
古い道具や使いにくい環境は、無駄な残業を生む原因です。道具を整えることは、水を飲みやすくするための「清潔な器」を用意することと同じです。
時に、部下の成長を願うあまり、きつく当たってしまうこともあるかもしれません。しかし、その「変わってほしい」という執着が、形を変えてパワハラという悲しい結果を招くこともあります。
2019年の調査では、日本人はアジア諸国の中でも「勤務外で学ばない」というデータも出ています。その中で人を育て、成長させることは、いわば「ウルトラC」の難問です。だからこそ、「人を変えることはできない」という前提に立ち、社員が自律的に動きたくなる「仕組み」と「現在地の認知」を整えていく。その泥臭い努力こそが、会社の文化を作ります。
会社は、最高の水質を提供し続ける。
社員は、プロとして自ら能力を向上させ続ける。
水辺に連れて行ってもらった馬が、水を飲まずに脱水症状を起こしたなら、それは馬の責任です。「できないのは会社のせい、上司のせい」という甘えを排し、双方が自律した関係を築くこと。会社が水質改善に努め、社員が自発的に水を飲む——そのような関係性が成立しているとき、組織は本当の意味で成長します。
賃金という「水」の量を増やしながら、働く環境という「水質」も整えていく。その両輪が揃ったとき、社員は初めて自ら水を飲もうとするのだと思います。
会社が必死に「水質改善」を行い、社員が自らの意志でその水を飲み、成長していく。そんな循環が生まれたとき、10,000円という数字は、単なる支出から「未来への投資」へと姿を変えるはずです。
部下のモチベーションという、コントロールできないものに一喜一憂するのはもう終わりにし、ただひたすらに、明日も、来年も、この水辺を清らかに保ち続けること。
「この水辺に来てよかった」と、社員と、そして自分自身が心から思えるような会社を、共に創っていきませんか。
私も、経営者の皆様と共に悩み、知恵を出し続け、最高級の「水質」を目指して歩んでいきたいと思います。
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同社は創業23年目で、行政や外郭団体向けの補助金申請や健康診断受付などのシステムをゼロから開発しています。 厳しいセキュリティ要件や納期に対応してきた実績を持っています。 後半では、Google GeminiやGenspark、NotebookLMといった最新AIを活用した業務効率化や、AIの嘘を見抜くことについてお話されています。