投稿者:阪神支部 弁護士法人神戸シティ法律事務所 弁護士 高橋 弘毅

クロジノの「経営指針のススメ」のページに、「車を運転するにも運転免許が必要です。経営者にも経営する免許がいる、それが「経営指針」です。」「経営指針を作っていないのなら、運転者(経営者)はもとより、同乗者(社員・取引先等)も危険な状況に置いた、臨機応変という名の“成り行き任せ”の経営と言わざるを得ません。」とあります。同友会ではよく聞く話ですね。
私もこの分かりやすい比喩を読んで、あらためてなるほど!と思ったのですが、この話については、「経営指針」を作っていなければ“成り行き任せ”の経営だと言っているだけで、「経営指針」を作っていれば“成り行き任せ”の経営ではなくなるとまで言っているわけではないことに留意することが必要です。
これは私見ですが、いかに「経営指針」の内容が充実し、その実践ができているとしても(「経営指針」に以下に記載することを踏まえた内容も盛り込んで、実践しているという場合は別です。)、「法」と「契約」により定められるルールを把握して上手く身を処していない限り、「“成り行き任せ”の経営をしていない」と胸を張ることはできないと思います。
「経営指針」の説明に倣って車の運転を例にとりますが、このことは、左側を通行する、赤信号では停止線の手前で止まるなどの基本的な交通ルールを知らずに、つまり、交通ルールを定めるのは道路交通法及びその関連法令ですから、それらの内容を把握せずに道路で車を運転するときのことを考えていただければ、イメージいただけるのではないかと思います。
もちろん、私たちが自社という車を運転するのは道路ではありません。運転するのは、道路より遥かに広く、道路より整備されていない箇所が多いフィールドです。
しかしそのフィールドも、人を雇用する場面であれば、労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法等、事務所を借りる場面であれば、民法、借地借家法等、物の売買をする場面であれば、民法、商法、製造物責任法、消費者契約法、特定商取引法、景品表示法等、その場面ごとに適用されるものは変わるものの、道路と同じく「法」(及び法解釈)がルールを定める場です(我が国には2000以上の法律、6000以上の規則・政令等が存在します。)。
また厄介なことに、そのフィールドは、「法」が定めるルールをベースとしつつも、ときに、力関係や渦巻く思惑によりその内容が左右される「契約」(雇用契約、賃貸借契約、売買契約、請負契約、業務委託契約等、事業を行う上で誰かと何かをする場合は、ほとんどの場合、そこには「契約」が生じています。)によって、参加者が「法」の定めがない部分のルールを定め、あるいは「法」が当事者の合意により変更することを認めているルールは変更するという極めて複雑なものと化すことがある場でもあります(道路とは異なり、当たり前のように落とし穴が掘られていて、それを平気で隠していることがある場と言っても良いと思います。)。
そのフィールドで、遭遇する場面ごとに適用される「法」が定めるルールを知らず、またルールを追加し、あるいは変更する「契約」の内容の意味やその後ろに潜む意図を知らずに自社という車を運転すると、どのようなことになるでしょうか。
答えは言うまでもないですよね。
仮にこれまで事故を起こしてこなかったとしても、それは鋭い勘が働いたか、他人の善意に助けられたかによる幸せな偶然にすぎません。いずれ必ず事故を起こします。
私の理解が間違えているかもしれませんが、「経営指針」は、概ね、目的地と目的地に至るまでの道、そしてその道を進んでいくための方法を示すもので、道路における車の運転の例で言えば、地図(カーナビゲーション)の役割を果たすものだと思います。その道中において目の前に赤信号が表示されているときにその意味を教えてくれたり、その手前で停止させてくれるものではありません(ただし、「経営指針」に盛り込んだ「あり方」が、意味を知らなくても止めてくれることはあるかもしれません。)。
事故を起こすと事業計画に織り込んでいない損害が生じます。交通事故の場合は、自動車保険に入ることによりその損害はカバーできますが、それ以外の場合は多くの場合そのような保険はありません。そのような保険があったとしてもそもそもリスクを正確に把握していないため入っていないと思います。そうだとすると、損害が生じた場合、血が滲む思いで積み重ねてきた利益は一瞬で吹き飛び、事故の大きさによっては、自社と自らが自社という車に乗せた人(社員、自身と社員の家族、取引先等)を危険な状況に置くことにもなります。
交通事故と同様、いかに「法」と「契約」の内容を熟知していたとしても、事業を行っていると、事故が起きることはあります。しかし、起きることがあらかじめ分かる必然の事故は回避するが経営者の責務です。
そのような場合でも弁護士が何とかしてくれるはずだと期待いただくことがありますが、どれほど敏腕な弁護士であっても、タイムスリップすることはできませんので、起きたことを起きる前の状態に戻すことはできません。発生する損害を減らし、傷口を浅く、治りを早くするように仕向けることはできるかもしれませんが、どうしようもないものはどうしようもないのです。それでもまだ「法」が何とかしてくれるのではないかと言われることがありますが、事業者は規模の大小を問わず弱者ではないという扱いであるため、「法」がそれらを知らなかったことを理由として救済してくれることもありません(端的に言えば、知らない方が悪い、自業自得だということです。)。
このため、「“成り行き任せ”の経営をしていない」と胸を張るためには、「法」と「契約」により定められるルールを把握して上手く身を処していることも必要なのです。
この観点において“成り行き任せ”の経営をしていないかは、自社で日常的に使用している取引契約書を見て判断してみると良いと思います。
取引契約書において、①取引において当事者間で行うことが予定されていること(その取引で要求される成果物等のレベルを含む)が最初から最後まで明確かつ網羅的に記載されている、②取引の過程で起きうることに対する自社側のリスクヘッジができている、③取引に関連する「法」を意識することができているというときは、意識レベルの高さが見てとれますので、大体の場合問題ありません。ここで、「大体」と言ったのは、それらは弁護士等の専門家が作ったから良くできているにすぎず、実際にその内容や意図を理解することができているかを聞くと、分かっていないということがよくあるからです。これらの点は、ぜひ一度、顧問弁護士(いなければ、自社の事業を良く分かってくれている同友会の会員の弁護士に相談料を支払って相談することでも良いと思います。ここでは「自社の事業を良く分かってくれている」がポイントです。)とその取引契約書の内容について真剣にディスカッションしてみていただきたいところです。
他方、それ以外の場合は問題があるということですが、課題があると認識することができたときは、自動車教習所で交通ルールを学んだように、自社という車を運転する自身で必死に勉強することをお勧めします。
また、時間的制約等によりそれが難しいという場合は、「法」と「契約」を把握して上手く対処することができる人材(役員、社員)を迎えて、あるいは育てて自身を補完してもらうか、外部に人材(弁護士等の専門家)を求めることは必須だと思います(ただし、外部に人材を求める場合は、今目の前にあることを外部の人材に確認する必要があるか否かの判断ができる程度には理解している人材を社内に育てる必要があります。外部の人材は、社内にいるわけではないので、何が起きているか、また起ころうとしているかを知らないわけですが、それらを知らなければ、補完しようがないからです。)。
経営においては、分かっていても突っ込まなければならないこともあると思います。
しかし、そこにどのような問題やリスクがあるかを知って突っ込むのは「勇気」と言うこともできますが、それを知らずに突っ込むのは「無謀」というものです(結果的にその「無謀」が奏功することもありますが。)。知らずに突っ込むと、失敗したときに受け身もとれません。自分ひとりであればそれでも良いかもしれませんが、多くの人を車に乗せている経営者は、それではまずいと思います。
20年近く企業法務を中心に仕事をして、中小企業に起きる諸々の問題を数多く見てきましたが、私たちのいるこの世界は本当に厳しい世界だなと感じています。本稿がみなさまの参考になれば幸いです。
以上
阪神支部
弁護士法人神戸シティ法律事務所 弁護士高橋 弘毅
https://www.kobecity-lawoffice.com/
「喜びと笑顔に出会うために」という理念の下に、中小企業の経営者が直面する諸問題をサポート。事業承継・M&A、金融法務、事業再生・清算、内部体制の整備等にも対応。使用者側の労働問題には特に力を入れている。
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